やあ、母さん元気かい。
リオオリンピックでは日本代表が頑張っているね。
今回は成績もよく、メダルもどんどんとっているし。
すごいよね。
プレッシャーとかあるんだろうな。日本代表なんだもの。
日本のために必ずメダルをとらなければいけない!というプレッシャー。
そんなの小心者の僕だったら耐えられないな。
…
そういえば…僕も「日本代表」になったことがあったな。
実は隠していたけど、僕も「日本代表」に選ばれたことがあったんだよね。
母さんには言ってなかったけど。
心配かけちゃいけないかなって思って。
でも、あれからずいぶん経ったから言ってもいいかな。
そう、あれは都会に来てから4年くらいたった頃かな。
ちょうどオリンピックの年。
僕は昼を少し過ぎたあたりに、シゴトの打ち合わせを終えて帰る途中だった。
そこは「渋谷の神宮前」。
大通りから少し入った住宅やオフィスなどがひしめく場所。
その後は特に予定もなかったので、いつもとは違った道を歩いてみようかなと思ったんだ。
ちょっとした気まぐれ。
それが、あんなことになるとは思わなかった。
細い道路を歩いていくと、店などはなく、周りにはほとんど住宅しかない。
渋谷に一軒家をかまえて住んでいるのだから、そうとうお金持ちの家なんだろう。
3階立ての家やら、なんか立派な車庫、地下とかありそうな家、重厚感のある家、なんともいえないコッテリとデザインされた家。
田舎じゃあ考えられない高級そうな家ばかりが並んでいた。
しかし、周りの建物が高いせいか、その道はそうとう薄暗かった。
遊びに来た若者なんて絶対こないような場所なので、誰も道を歩いていない。
住宅に住んでいるらしい住人の姿も、特に見えない。
田舎だったら住宅街を歩くと、玄関で何かしてたり、庭いじりしてたり、テレビの音だけ聞こえたり、何かしら人の気配を感じるものだけど、そこにはまったく人の気配はない。
僕は田舎者らしく、物珍しくボケーと建物を眺めながら歩いていた。
そして、彼女に出会ったんだ。
彼女に声をかけられたことに始めは気づかなかった。
人がいる気配もなかったので、人だと認識するのに時間がかかった。
そして声をかけられたことを理解し、彼女のほうを見る。
彼女をみてビックリした。
表情にはでなかったけど、ビックリした。
こんな場所で出会うとも思ってないし、田舎者にはハードルが高い。
彼女は外国人だったのだ…。
田舎では外国人に合うことなんてなかった。
たしかに都会に来て、外国人に何度もすれ違うことはあったけど、話しかけられたのは初めてかもしれない。
よく見ると彼女はとても健康そうな若い黒人で、髪はありえないほどチリチリパーマで、頭からあっちこっちへと棒のように飛び出ていた。
なんで外国人はこんなにも健康そうなんだろう。不健康な外国人なんてみたことない。
そんなくだらないことを思っていた。
そして彼女は僕に千円札を出した。
えっ?千円札?何?何?
突然のことで軽いパニックにおちいっている僕に向かって彼女はいった。
「道を歩いていたら、千円札を拾ったのです。」
「拾ったのデス。」といった下手な日本語でなく、流暢な日本語で言った。
ビックリはしたけど、僕は妙に冷静だった。
たぶんビックリしすぎて、逆に冷静になってしまった感じだ。
まあ日本語が話せるので、安心した部分もあるのかも。
要は道を歩いていたら、千円札が落ちていて、それを拾い、どうしようか迷っているようだった。そして僕に話しかけたということだ。
しかし、人がいることに全然気づかなかった。彼女はどこにいたんだろう?
僕は彼女に軽く返事をし、会話のやりとりをする。
「この家の前に落ちていたので、ここの住宅の人が落としたのでしょうか?この家の人に知らせたほうがいいいでしょうか?」と彼女は言う。
この高級住宅が並んでいるところで、千円札が落ちていただって?
もしこのへんの人が落としたなら、別に千円ぐらいなんとも思わないだろうな。
知らせたとしても、住人になんか怪しまれそうだな。
黙ってもらっておけばいいんじゃないかな。
僕はそんなことを思ったけど、口に出してはいわず「うーん、どうかな~」とか日本人らしく適当に言葉を濁した。
そして彼女は、僕に質問をする。
「あなたなら、どうしますか?」
あいまいな答えでなく、明確な答えを求められた。
さすが外国人だった。YES・NOはハッキリさせたいみたいだ。
その問いに対し、田舎で正直者として鍛えられた僕は正直に答える。
「僕ならそのお金は拾いません。見て見ぬふりをします。別に千円なんて欲しくないし、拾っても交番に届けたりするのが面倒ですから。」
とまあ、要約するとそのようなことを言った。
僕の答えを聞いた彼女は、なんともいえない微妙な顔をした。
とにかく彼女はそのお金をなんとかしたいみたいだった。
僕の意見のように、見て見ぬふりをせずにね。
なので、たまたま知っていた近くの交番への道を教えてあげた。
少し離れていたし、そんな難しくない道だったので、僕は一緒にはついていかない。
そして彼女は1人交番へと向かった。
といった出来事。
ただそれだけといえば、それだけの話。
外国人の彼女がお金を拾って、どうしようか困っていただけの話。
でも、家のアパートに帰って少し落ち着いた時に、この出来事を振り返ってみた。
そして、ふと思った。
「あれ?なんかおかしくね?」
何かが腑に落ちない。何がおかしいのかハッキリはしないけど、何がおかしい。
そして考えて考えて、ある結論にたどり着いた。
「もしかして、あれはテレビ番組じゃないのか?」
海外のテレビ局が「日本人はお金が落ちていても届ける民族なのです。さあそれを検証してみましょう!」という経緯で作った番組ではないかと思った。
そう考えると腑に落ちる。
ただお金を拾わせるのではなく、多少アレンジして、日本語の話せる外国人のスタッフがお金を落ちていることを知らせ、お金届けようとするかを見るという感じでは。
それに対し、たまたま通った僕がターゲットになってしまったのだ。
そうなると僕は答えを間違った。
「あなたなら、どうしますか?」といわれた時の日本人の模範解答はこうだろう。
「僕なら交番に届けます!1円でも100円でも、それを落として困っている人がいるかもしれないからです!日本人ならみんなそうします!」だ。
それをなんだ「僕なら拾いません。」だって!恥ずかしー!
僕はその時は「日本代表」だったのだ。
僕がいくら自分を日本代表じゃないと思っていてもダメだ。
彼女と出会った瞬間から日本代表と決められてしまったのだ。
そうして僕は彼女の国に「日本人はお金を届ける親切な国かと思っていましたが、実は日本人はお金には無関心な国だったのです」という印象を与えてしまった。
なんてこったい。僕のせいで日本のイメージが…
僕は「日本代表」として失敗したのだ。
でも言い訳するみたいだけど、田舎でも同じことを言ったかどうかはわからないな。
昔僕が小さいころ、たまにお金を落として泣いたことがある。悲しいことがある。
子供がお金を落とすということは、相当辛いことだ。
だから同じように子供が落とした場合を考えて、交番に届けたかもしれない。
でもここは都会。しかもこの場所は高級住宅街。
僕には、その泣いている子供の姿は見えなかった。
いや、見えなくなっていたのかな…
…
もちろん単純に観光客か、留学生が困っていただけなのかもしれないけどね。
今となっては確かめようがない。
海外だけに放送された番組なら確かめようがない。
そうして突然の「日本代表」の僕の戦いは終わった…
僕のオリンピックはね。
母さん、都会というのはそういうことがあるんだ。
いきなり「日本代表」になることが。
「東京が怖い」というのは、そういう意味もあるのかもしれないと思うよ。
いや…もしかして「田舎者代表」として出ていた可能性もあるか…
まさかね。テレビで見てないよね?ほんと見てないよね?
まあとにかく、都会ではいろんなことが起きてしまうから油断ならない。
母さんも突然の日本代表には気をつけてね(笑)
まあ、母さんなら大丈夫かな。
それじゃあ、また。